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宇都宮地方裁判所 昭和57年(行ウ)1号 判決

原告 東京信用開発株式会社 ほか四名

被告 栃木県真岡保健所長

代理人 櫻井登美夫 秋山弘 猪義弘 真田孝 池田勝吉 ほか四名

主文

原告らの訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  原告ら

1  被告が、別紙目録記載(一)(以下「本件(一)」の土地という。別紙目録記載の他の土地についても同様に表示する。)の土地について芳賀町に対し、本件(二)の土地について長命寺に対し、それぞれ昭和五六年七月一日にした墓地経営許可処分及び昭和五七年一月九日に昭和五六年一一月二六日付けでした墓地区域変更許可処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

1 原告らの訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案に対する答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告東京信用開発株式会社(以下「原告会社」という。)は昭和五六年四月本件(三)、(四)の土地を訴外吉岡千代及び同佐藤律子から買い受けてその所有権を取得し、そのむねの同年一二月八日所有権移転登記を経由し、原告管渓は昭和四九年八月本件(五)、(六)の土地の贈与を受けてその所有権を取得してそのむねの所有権移転登記を経由し、原告相澤は本件(七)の、原告国府谷は本件(八)の、原告石下は本件(九)の各土地をそれぞれ所有している。

右各土地のうち本件(三)ないし(六)の土地はいずれも後記処分に関する土地の隣接地であり、ことに原告会社所有の本件(三)、(四)の土地は原告会社造成に係る下原新町団地の一部で訴外芳賀町等の墓地経営許可申請前に開発許可を得ていたものである。また、本件(七)ないし(九)の土地はいずれも後記処分に関する土地から一〇〇メートル以内に存し右許可申請前に栃木県真岡土木事務所長から開発許可を得ていたものである。

2  被告は栃木県知事から墓地等の経営、変更または廃止の許可の権限を委任されているものであるが、訴外芳賀町及び同長命寺からの申請に基づき、昭和五六年七月一日本件(一)、(二)の土地の別紙第一図記載の場所(以下これを「第一図」という。)について墓地、埋葬等に関する法律一〇条一項に基づく墓地経営許可処分(以下「本件許可処分」という。)を行い、更に、昭和五七年一月九日に昭和五六年一一月二六日付けで本件許可処分に係る墓地の区域を別紙第二図記載の場所(以下これを単に「第二図」という。なお、第一図、第二図を「墓地予定地」ということもある。)と変更する旨の墓地区域変更許可処分(以下「本件変更処分」という。)を行つた。

3  しかしながら、本件許可処分及び本件変更処分(以下これを総称して「本件各処分」という。)には、次のとおり手続的違法事由があるので、取消しを免れない。

(一) 墓地、埋葬等に関する法律(以下「法」という。)一〇条一項による許可は、当該施設の完成を待つてから審査してされるべきもので(昭和四八年七月三日環衛第一二七号回答)、許可申請書が当該区域または施設の施行前に提出された場合にその時点でされるべきものではないのに、本件各処分は施設の完成前に書面審査だけでされた違法がある。

(二) 墓地、埋葬等に関する法律施行規則(昭和二三年厚生省令第二四号。以下「規則」という。)五条及び墓地、埋葬等に関する法律施行細則(昭和二三年栃木県規則第三四号。以下「細則」という。)二条一項一二号、同条二項によれば、墓地経営の許可を得ようとする者は墓地に隣接する土地の所有者及び当該隣接地に関し地上権、賃借権その他使用収益をする権利を有する者の意見を明らかにした書面を添付すべき旨規定している。

(1) 訴外芳賀町長は、本件各処分よりも二年半以上も先立つ昭和五三年一二月一日付けをもつて当時本件(三)、(四)の土地を所有していた前記吉岡及び佐藤に対し虚構の計画を述べ、第二図に墓地を設置する予定である旨の説明をしてその承諾を得た。しかしながら、本件許可処分はこれとは近隣環境の全く異なる条件の下に第二図よりもより劣悪な第一図についてされたもので、第二図を前提とした右同意書をもつて第一図についての同意があつたものとは到底なしえないものであるし、また右両名はこれらの理由から昭和五六年七月一〇日及び同月一五日付けの文書で右同意の取消しを申入れているのであるから、結局所定の意見書の添付がなかつたことに帰着し、違法であるというべきである。

(2) また、芳賀町長は、右両土地が前記のとおり本件許可申請当時原告会社の所有となつていた(当時原告会社に所有権移転登記がされていなかつたことから隣地所有者としては右吉岡らの意見をきくことで足るとしても、原告会社は少くとも売買契約に基づき土地の引渡を受けて使用収益権を有していたものである。)ことを知つていたのであるから、当然原告会社の意見を求めるべきであつたのにこれをせず、また第二図とは公衆用道路を隔てて斜め筋向いの隣接土地所有者である原告管渓の意見を求めることもしなかつた。したがつて、許可申請にはこれらの意見書の添付がなく、また被告においても同様に意見聴取をしていないから、本件各処分には右の点に違法がある。

(三) 規則二条二項及び細則二条二項によれば、墓地の区域の変更をするについても墓地経営許可に要する事項についての書類のほか、変更後の区域の図面及び変更の理由を記載した申請書を提出し、その際隣接地所有者及び当該隣接地に関し使用収益権を有する者の意見を明らかにした書面を添付すべき旨規定している。

(1) 本件変更処分は本件許可処分の対象地と区域を異にすることが明らかであるのに、変更許可申請書はもとより規則及び細則の要求する一切の書類も添付されないまま本件許可処分の修正として処理されたもので、違法というほかない。このような違法な処理がされたのは、前記のように第二図を前提とした吉岡らの同意書を本件許可処分をするにあたり不法にこれを第一図に対するものと流用したことを関係者から追及され、そのために芳賀町と長命寺が隣接する三九三二番八の土地所有者に頼み込んで同地の一部と第一図との分合筆を行ない、第一図と第二図とをすりかえたことによつて表面上地番と地積に変更がないようにつくろつたためである。

(2) また、右のような処理をしたことにより、本件変更処分においても隣接地所有者の意見聴取を全く行つておらず、したがつてその意見書の添付もないのは明らかであるから、この点においても違法である。

4  また、本件各処分には次のとおり実体的違法事由があるので、この点からも取消しを免れない。

すなわち、細則三条二項によれば、墓地の敷地は人家及び公共施設との距離が一〇〇メートル以上でなければならないとされており、その立法趣旨は公衆衛生その他の見地から墓地が設置されることにより近隣の土地所有者や居住者の所有権や人格権等が侵害されることのないよう墓地経営に行政上の規制を加えてこれを保護しようとすることにあるのであるから、右規定にいう「人家」とは現に実在し、かつ、人が居住する建物に限られず、専ら住宅用敷地に供される土地を含むと解すべきものである。そして、原告らの所有地は本件墓地予定地の隣接地あるいはこれから一〇〇メートル以内に存する住宅用敷地であり、前記1記載のとおり本件各処分がされる前に開発許可を得ていたものである。また、これのみならず本件においては、本件墓地予定地に長命寺の経営する殿山墓地を移転することを前提とするところ同墓地ではほとんどが土葬であり、原告らの所有地はいずれも芳賀町営水道の給水区域外で地下水脈のあまり深くない井戸の掘さく以外に飲料水を確保する手段がないのに、土葬による地下水の汚染を防止する何らの設備もないのであつて、公衆衛生上有害な影響が生ずべきことが明らかなものである。

このように本件墓地予定地は細則三条二項の要件を具備しない土地であるのに、本件各処分はこれを看過してされたものであつて違法である。

5  よつて、原告らは、被告に対し、被告のした本件各処分の取消しを求める。

二  原告らの訴えに対する本案前の抗弁

1  原告会社は本件許可処分があつたことを昭和五六年七月三日に芳賀町長から聞かされて知つていたものであり、また原告管渓も原告会社代表者と懇意であることから当然そのころ本件許可処分があつたことを知つていたものであるのに、本訴はそれから三か月以上を経過した後の昭和五七年二月九日に提起され、出訴期間を徒過した不適法なものであるから却下されるべきである。

2  行政事件訴訟法は、行政処分の取消しの訴えは取消しを求めるにつき法律上の利益ある者に限り提起することができる旨規定しているところ、原告らが本件墓地予定地に隣接あるいは近接する土地を所有しており墓地が存しないことにより何らかの利益を得ているとしても、それは単なる事実上の利益にとどまり本件処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有するものではないから、本件訴えは却下されるべきである。

3  仮に原告らが本件各処分の取消しにつき法律上の利益を有しているとしても、本件許可処分は前記のとおり出訴期間の徒過によりその取消を求めることができず、また本件変更処分は原告らにとつて本件許可処分よりも利益に変更された処分であることからすると、本件変更処分の取消しがなされるとすれば、これにより原告らにとつてもはや取消しを求めることのできない原告らにとつてはより不利益な本件許可処分がされた状態を回復されることになるのであるから、このような場合には行政事件訴訟法九条の趣旨に鑑み当該行政処分の取消しを求める訴えの利益はないものと解すべきである。それゆえ、この点からしても本件訴えは却下されるべきである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告会社が本件(三)、(四)の土地の、原告管渓が本件(五)、(六)の土地の各所有権移転登記を了していること、本件(三)、(四)の土地が本件(一)の土地に隣接していること及び本件(七)ないし(九)の土地が本件墓地予定地からいずれも一〇〇メートル以内に存することは認めるが(本件(三)、(四)の土地が本件(二)の土地に、本件(五)、(六)の土地が本件(一)、(二)の土地にそれぞれ隣接していることは否認するが、本件(三)ないし(六)の土地が本件墓地予定地から一〇〇メートル以内に存することは認める。)、原告会社及び原告管渓の所有権取得の経緯並びに原告相澤、同国府谷及び同石下がその主張に係る本件(七)ないし(九)の土地を所有していることは知らない。その余の事実は否認する。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)の主張は争う。

同3(二)冒頭の事実は認める。(1)の事実中、吉岡及び佐藤が芳賀町長あてに墓地設置に承諾の意見書を提出しその後その取消文書を提出したことは認めるが、その余の事実は知らない。(2)の事実中、芳賀町及び長命寺が本件許可申請にあたり原告会社及び原告管渓の意見書を添付せず、被告においても本件各処分をするにあたり右両名の意見を聴かなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同3(三)冒頭の事実は認めるが、(1)、(2)の事実はいずれも否認する。

4  同4の事実中、細則に原告主張の規定のあること(ただし、ただし書の規定がある。)及び原告ら主張の本件(三)ないし(九)の土地が本件墓地予定地から一〇〇メートル以内に存することは認めるが、これらの土地が芳賀町営水道の給水区域外であり、また、住宅用敷地であること及び原告らが本件各処分前に開発許可を得ていたことは否認する。その余の事実は知らない。なお、法律上の主張は争う。

四  被告の主張

1  現行法上墓地経営あるいは墓地区域変更の許可をいかなる時点ですべきかを定めた明文の規定はなく、自ら墓地経営者となろうとする者は、将来造成する墓地の区域において自ら墳墓の設置に着手し、あるいは墓地用地として第三者に分譲ないしは使用権の設定に着手するまでのいずれかの段階で所定の許可を得れば足りるのであつて(原告主張の回答が事前許可を禁止する趣旨とは到底解されない。)、墓地区域の造成前にされた被告の処分は適法である。

2(一)  原告らは、本件各処分の許可申請にあたり許可申請人に提出が要求されている隣接地所有者らの意見書の提出がないことをもつて本件各処分の違法をいうが、そもそも法一〇条一項または同条二項の許可は行政庁である栃木県知事から権限委任された被告の公衆衛生その他公共の福祉の見地からする自由裁量行為であり、これら許可申請にあたり提出が要求される右意見書等の書類についても、右行政庁の裁量権行使についての資料に供するためのものであつて、これが提出により直接隣接地所有者等の権利を保護し、あるいはこれらの者に対し行政庁の処分に対する異議申立て等の不服申立ての機会を与える趣旨のものではない(不同意の隣接地所有者があるからといつて被告に不許可処分をすることが義務づけられているものではない。)から、本件各処分に隣接地所有者の意見を聴かなかつた瑕疵があるとしても、右各処分を取り消すべき違法にはあたらないものである。

(二)  また、本件において原告らの意見を聴かずに本件各処分をしたことは次の点からしても何らの違法も存しないものである。

(1) まず、原告会社がその所有であると主張する本件(三)、(四)の土地について所有権移転登記を経由したのは昭和五六年一二月八日であるから、同社が所有権を取得したと主張しうるのは右同日以後であり、それ以前にされた本件各処分について同社の意見を聴かねばならないものではない。また、同社は少なくとも右両土地につき本件各処分当時に使用収益権を有していたものでいずれにせよ意見聴取がされなければならないとも主張するが、前所有者とされる吉岡及び佐藤は、その後の同年一一月二四日にそれぞれ当該土地につき栃木県知事に対し都市計画法四三条一項六号ロの規定による既存宅地の確認申請をなしているのであり、この事実によれば右両名は右申請時点で自己がその土地所有者であることを自認していたものといえるので原告らの右主張は失当である。

(2) また、原告会社を除くその余の原告らは、いずれも本件墓地予定地の隣接地について所有権その他何らの権利を有するものではなく、仮に本件において隣接地所有者の意見聴取をせずそのことがこれらの者の権利を侵害するものとして本件各処分が違法となるとしても、これは右隣接地につき何らの権利を有しない右原告らにとつて自己の法律上の利害に何らの関係もないことであつて行政事件訴訟法一〇条の規定からして右原告らの主張は理由がないものである。

なお、原告らが原告管渓の所有地であると主張する本件(五)、(六)の土地が第一図をもとにすれば隣接地ということができ、本件許可処分がその処分当時においては意見不聴取の瑕疵があるとしても、その後墓地敷地が本件変更処分により第二図のように変更され、これによれば右両土地が隣接地でなくなつたことは明らかであるから、当初の右瑕疵は後の本件変更処分により治ゆされたものというべきである。

3  原告らは、本件変更処分は変更許可申請書をはじめ規則及び細則において提出が義務づけられている書類の提出がされないままされた違法があると主張する。しかし、以下(一)及び(二)に述べるところから、この主張は理由がない。

(一) 本件変更処分に至る経緯は次のとおりである。すなわち、本件許可処分に係る土地はもと訴外赤羽弘三所有の三九三二番八の土地の一部で、芳賀町は新設墓地について当初第二図による位置形状とする予定であつたが、そうすると三九三二番八の土地がその北側道路に接する間口が狭くなり残地の利用上支障があることから赤羽の同意が得られず、他方殿山墓地使用者からは新設墓地の区画を南北に長く造られたいとの要望があつたことから、やむなく赤羽から同意の得られた第一図の位置形状により本件許可処分を得たものである。しかるにその後芳賀町は原告会社代表者から墓地造成につき当初の位置形状と違うとして本件許可処分に係る墓地の位置形状の変更等をしばしば申し込まれ、これが解決に苦慮したあげく結局墓域を当初の計画であつた第二図に変更することにした。そこで、芳賀町は被告の指導を仰いだところ、被告の担当者である関沢係官は第一図から第二図に墓域を変更する程度であれば、形式上変更許可処分をするまでのことはなく単に修正届を出させればよいものと考えていたため、これに従い昭和五六年一一月二五日芳賀町(長命寺関係については芳賀町が代理)が右趣旨の変更届を提出し、同日受理された。しかし関沢係官は、翌年一月六日に被告を訪れた原告会社代表者らから墓域の変更にはその旨の申請とこれに基づく変更許可が必要との指摘を受け検討した結果、本件のような墓域の変更も法一〇条二項の墓地の区域の変更にあたり変更許可処分をすべきものとの結論に達したので、芳賀町らに対し本件変更届と同内容の変更許可申請をするように指導し、同月九日に芳賀町から昭和五六年一一月二五日付けの墓地区域変更許可申請書を提出させてこれを受理し、即日昭和五六年一一月二六日付けで本件変更処分をした。

このような経緯に照らすと、本件変更処分は、その効力を昭和五六年一一月二六日に遡及させる趣旨の有効な処分というべきである。

(二) また、本件変更処分の申請に当つては、細則二条一項六号に規定する書類の添付がなく、また被告においてもこれらを提出するよう指導しなかつたものであるが、これは本件各処分が時期的に接着し、その内容も地積、地番に変りがなく、墳墓の基数に変動があるにせよ、新たに本件墓地予定地とその東側隣接地である本件(三)、(四)の土地に接する部分の緑地帯を一・五二メートルから七・六四メートルに拡幅し、さらに右隣接地や西側土地に接する部分に各一・六メートルのブロツク塀を築造して民有地からの景観を損ねないように配慮するなど相互間に墓地としての同一性が維持されているものと認められることから、本件変更処分の申請は区画の一部の変更であつて本件許可処分と内容的には同一であり、また右変更は隣接地所有者に格別不利益を及ぼすものではないとの判断から、右各書類については本件許可処分の申請に係る各書類をもつて足り、再度同一のものを提出させる必要がないと判断したことによるものである。

4  更に、原告らは、細則三条二項の「人家」には専ら住宅用敷地に供される土地も含まれるとして、本件墓地予定地から一〇〇メートル以内にある住宅用敷地である本件(三)ないし(九)の土地の存在を看過してされた本件各処分は違法である旨主張している。

しかしながら、細則三条二項の「人家」に住宅用敷地が含まれないことはその用語自体及び法、規則、細則等の規定に照らして明らかであり、細則の右規定は、距離制限を置くことによつて墓地が近隣の人家等の飲用地下水に支障を及ぼさないことを確保しもつて法一条の公衆衛生の目的を具体的に達成させようとするものなのであるから、現に人家の存しない住宅用敷地を右「人家」に含ましめるものでないことは明らかである。そして、本件各処分は、現地調査により本件墓地予定地近隣の既存住宅の存する区域及び本件(三)ないし(九)の土地が芳賀町営水道の給水区域であることや本件墓地予定地は台地の一部であつて地下水は非常に低く墓地の開設により飲用地下水に支障を及ぼすおそれがないことを確認してしたものであつて裁量権の逸脱はなく何ら違法ではない。ゆえに、この主張も理由がない。

第三証拠 <略>

理由

一  <証拠略>によれば、本件(三)の土地を吉岡千代が、本件(四)の土地を佐藤律子がそれぞれ所有していたところ、原告会社は芳賀町大字下高根沢下原に下原新町団地を建設するにあたりその一環として右両土地を買収してその所有権を取得し、昭和五六年一二月八日に右(三)の土地については同月四日付けの、右(四)の土地については同年一一月二六日付けの各売買を原因とする所有権移転登記を経由し、原告管渓が本件(五)の土地及び(六)の土地につき昭和四九年八月に贈与を原因とする所有権移転登記をしたこと(右各登記の点については本件各当事者間に争いがない。)、原告相澤が本件(七)の土地につき昭和五六年八月二四日付けの、原告国府谷が本件(八)の土地につき昭和五一年一〇月一八日付けの、原告石下が本件(九)の土地につき昭和五六年六月二六日付けの各所有権移転登記を経由して右各土地をそれぞれ所有していることが認められ(右認定に反する証拠はない。)、また、本件(三)、(四)の土地が本件(一)の土地に隣接していること、本件(三)、(四)の土地が本件(二)の土地から、本件(五)ないし(九)の土地が本件(一)、(二)の土地からいずれも一〇〇メートル以内に存すること及び請求原因2の事実は、いずれも本件各当事者間に争いがない。

二  ところで、行政事件訴訟法九条に基づく行政処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起しうるものであるところ、原告らは右一記載のとおり本件各処分に係る第一図あるいは第二図に隣接し、あるいはこれらから一〇〇メートル以内に土地を所有しているもので、本件各処分により墓地が開設・経営されると自己の法律上の利益を侵害されると主張して本件各処分の取消しを求めている。このように本件訴えは本件各処分を受けた直接の相手方でない第三者である原告らによるものであるところ、違法な行政処分の取消訴訟においては、当該行政処分の相手方として自らの権利または法律上保護された利益を侵害された者が訴えの利益を有するほか、行政処分を受けた直接の相手方でない第三者でも、当該行政処分により自己の権利または法律上保護された利益を侵害された場合には、その者も訴えの利益を有すると解するのが相当である。そこで、まず、原告らがかような訴えの利益を有するかどうかについて検討する。

1  まず、法一〇条に基づく本件各処分は、その名あて人である芳賀町及び長命寺に対して本件(一)、(二)の土地で墓地を経営することのできる地位を取得させるものにすぎず、これによつて原告らの土地所有権その他の権利義務に直接具体的な法律上の効果を及ぼすものでないことは明らかである。

また、法が都道府県知事に墓地経営等の許可をする権限を付与してこれをその裁量にかからせた(本件では前記のようにさらに栃木県知事から被告に権限委任されている。)理由は、法一条に表明されている立法目的や規則及び細則が墓地の経営を許可し得る場合を限定し(細則一条)、墓地の立地につき人家等から一〇〇メートルの距離制限等の規制を加え(同三条。ただし、公衆衛生その他公益を害するおそれがないと認められるときはこの限りでない旨のただし書がある。)、許可申請に際して提出すべきものとして隣接地所有者の意見書や設計図等の文書・図面を指定している(規則五条、細則二条)ことなど各規定全般の趣旨に照らすと、墓地の経営が高度の公共性を有しているので適切な経営主体により恒久的かつ適正に設置、管理、運営される必要があり、また同時にこれが国民の宗教的感情に深く根ざしているもので、各地の風土、慣習、公衆衛生その他公共の福祉上その運営等については各地によつて区々なものがあることから、これら各地の実情に応じた処理をさせるのが望ましいということにあるものと解される。そうすると法の主要目的は墓地経営等の適正な運営の確保にあり近隣土地所有者の保護をその直接の目的としているものではないというべきであるから、原告らが本件各処分によつて法により保護されている利益をき損されるということはあり得ず、したがつて本件各処分の取消しを求める法律上の利益を有しないといわざるを得ない。

2  もつとも、前記細則二条、三条の趣旨に鑑みるときは、墓地が設置されることによりその近隣土地所有者等に対し公衆衛生上甚しい影響を与えて居住性に多大の困難を生ぜしめるなど公益的観点からもこれを放置できないと認めるに足りる特段の事情がある場合には、墓地関係法規の解釈、運用においてもこれを無視することは許されず、そのような特段の事情は、法律上保護された利益であると解するのが相当である。

そこでこれを本件についてみると、原告ら所有の本件(三)ないし(九)の土地が本件(一)、(二)の土地と隣接しあるいは一〇〇メートル以内に存すること及び原告会社は芳賀町大字下高根沢下原に下原新町団地を建設するに当り、その一環として本件(三)、(四)の土地を買収したことは前記のとおりであり(もつとも<証拠略>によれば、本件(三)、(四)の土地についてはいずれも本件許可処分後の昭和五六年一一月一四日に前所有者である吉岡及び佐藤からいわゆる既存宅地の確認申請がされ、同年一二月四日に確認されている。)、前記<証拠略>によれば、原告相澤所有の本件(七)及び同石下所有の本件(九)の各土地についてはそれぞれ同年六月一二日いわゆる既存宅地の確認がされていること、原告国府谷所有の本件(八)の土地については昭和五一年一〇月二二日に当時の所有者である訴外小倉孝嗣が建築確認を得ていること、右各土地近辺の墓地では一般に土葬の例によるものが多く、昭和五四年から昭和五六年までの間に真岡保健所管内で埋葬された四六〇件のうち八八・七パーセントにあたる四〇八件が土葬であつたことが認められるが、他方において、<証拠略>によれば、本件(三)ないし(九)の土地は雑種地で現に土地所有者が居住しているものではないこと、これらの土地及び本件墓地予定地は、その東側が五行川低地と、またその西側が鬼怒川沖積地とそれぞれ接する標高一二〇ないし一三〇メートルの平坦な宝積寺台地上に存在し、この近辺の飲料水用の井戸の深さはほぼ二〇メートルであるところ、地質調査の結果によると本件土地一帯は地表から一八ないし二〇メートルまでは難透水層であるローム層に覆われていて雨水はほとんど地下に浸透することなく表水流として流れてしまうこと、ところが右ローム層に続いて地表から二〇ないし八〇メートルのところに宝積寺段丘礫層、粘土混り礫層からなる帯水層があり、これが井戸水の水源と考えられるところ、これは雨水の浸透によるものではなく地質時代における鬼怒川・五行川の河床跡の伏水流であること、原告らの所有する土地はいずれも芳賀町下原地区における専用上水道事業給水対象地域内にあることが認められる。右認定に反する本件墓地の開設により地下水が汚染されるとの<証拠略>の記載は前記各証拠に照らし措信することができない。

そうすると、原告らは今後その所有土地において居住を開始するに当り、芳賀町の給水を受ければ足りるものというべきであるから、本件各処分によつて原告らにおいて格別の影響を生ずるものとはいえず、他に原告らに先に説示したような公益的観点からも放置できない不利益をもたらしていると認めるに足りる特段の事情は見出し得ないから、原告らが本件各処分によつてき損されると種々主張する利益は、いずれも事実上の利益にすぎないというべきであり、原告らは本件各処分の取消しを求める法律上保護された利益を有する者ということはできないというべきである。

三  以上のとおりであるから、原告らはいずれの観点からしても、本件各処分の取消しを求めるにつき原告適格を欠くので、本件訴えを不適法としてこれを却下し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅本宣太郎 赤塚信雄 星野隆宏)

目録

(一) 栃木県芳賀郡芳賀町大字下高根沢字下原三九三二番三三六

山林 四九六平方メートル

(二) 同所同番三三五

山林 六九三平方メートル

(三) 同所同番一八〇

山林 二五五平方メートル

(四) 同所同番二一三

山林 二九九平方メートル

(五) 同所同番二一九

山林 一五四平方メートル

(六) 同所同番二一四

山林 三二六平方メートル

(七) 同所同番一七八

山林 二〇四平方メートル

(八) 同所同番一八四

山林 一四四平方メートル

(九) 同所同番三三九

山林 二七三平方メートル

以上

図面 <略>

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